親子心中も考えたイライラ罪悪感ママが 10000倍幸せになった子育て成幸法則とは?


私は大阪の泉州で生まれ育ちました。
 

両親は自営業で、家に殆ど居なかった為、マンガを沢山買い与えてくれました。

私は少女漫画

兄の部屋には手塚治虫とビートルズが山積み・・・


 

現在の私の仕事の支えになっている囚われのない発想力、アイデア、文章力はその頃、読み込んだコミック達が役に立っているように思います。


特に手塚作品からは【命とは】など私の倫理観に強く影響を受けているようです。 


漫画ばかり描いていた空想好きな私はファッションデザインの専門学校へ


高校卒業後は自分が思い描いた通りの洋服を作って着たいという動機からファッションデザインの専門学校に進みました。
 

まだまだ景気が良かった時代でした。課題そっちのけで、自分が作りたい作品しか創作しなかったそんな私でも、高島屋縫製株式会社の生産管理部への就職が決まりました。


あれ~~~???仕事が上手くできないぞ???


せっかくトントン拍子に就職が決まったにも関わらず、なぜか人間関係が上手く築けない私。支持された仕事も理解も出来ずに、処理能力のない自分に自分でも驚きました。


そして、新人の私に舞い込む大手アパレルメーカーとの仕事や企画、チャンスをその頃の私は【苦痛】としか捉えられず、高島屋縫製を去ります。
 
 
重要な仕事を任せられるプレッシャーに耐えられず、その後は自宅の近所でアルバイトをしながら、地元の友達や彼氏と面白可笑しくなんとなく過ごしていました。

 

アルバイトを探す時はいかに楽ちんで、午後5時ぐらいにきっちり仕事が終わるかというのが重要で、仕事内容は何も気にしていませんでした。仕事が終わって、友達と飲みに行ったり、彼と遊ぶ・・・それだけを楽しみに生きていました。



アルバイトも何度、解雇されたか数えきれません(アハハ)


this is a penしか知らんのに海外自由旅行いきなり1か月・・・しかもインド(涙)


そんな中、いつも遊んでいる今までのお洒落友達とは違ったタイプの友人が出来ました。

ある日、哲学を愛するその新しタイプの友人(Mちゃん)から突然
「れいちゃん、インド行かない?」と言われました。

ちょうど、お洒落女子たちと行った4泊6日のハワイ旅行に何か虚しさを感じていた時だったので【ピン】と来た私は「行く行く!」と一か月のインド旅行の誘いに即答~。



無知で無邪気だった為、何のこだわりも知識もなく、Mちゃんと1カ月のインド旅行に出発しました。

 


インドでは

まぁ干してる下着が盗まれたり(笑)、現地で慌てて調達した下着が実は男性物だったり(笑)
色々ありましたが、不思議と下痢などは一切なく、とにかく健康に楽しく過ごせました。

ですが、英語はthis is a penが精一杯の私です・・・旅行者と話せる機会があっても怖くて恥ずかしくて、そんな人達から逃げるように旅をしていました(笑)


アメリカ留学経験があったMちゃんは英語で色々交渉事を進めます。私はレストランでの注文もMちゃんを通して・・・。Mちゃんにしがみ付くように旅をしていました。そんなMちゃんがジャンヌダルクみたいに私の横でいつも輝いていました。

「Mちゃんみたいになりたい!Mちゃんかっちょいい~!」


良い刺激をもらい日本に戻り英語の勉強を始める!


インドでMちゃんに頼りきりだったり、小さなトラブルさえ解決できなかった自分への悔しさをバネに日本に戻って、英語を勉強し始めました。

♡♡♡初めて自分で学びたいと強く思った経験です♡♡♡


 
コツコツ参考書など片手に英語を勉強して、インド旅行から戻って、約一年後、リベンジ1人旅に出発しました。

その旅先は?